水中考古学者Raymond Hayes博士は、難破船調査で迅速に解析に役立つ非破壊検査法として、ハンドヘルド蛍光X線分析計を使用しています。同博士は洋上で試料を発見した場合でも、航行中の船上で研究をすることができます。難破船から試料片を回収し、はるか離れた場所にあるラボへ送って分析する必要がなくなり、得られた試料をその場で、しかも傷める恐れもなく、分析することができます。 Hayes博士は各種の木製造船材料を分析しており、それにはオーカム、アイリッシフェルト、パインタール、コーキング用木綿、銅製被覆部材、木くぎ、および金属製留め具などが含まれています。比較のための基本データとして、同博士は未処理の木材、船用材木、そしてさまざまな木材処理法についても研究しています。これまでに、同博士は次のような難破船を研究してきました:Philadelphia(小型砲艦)、Boca Chica Channel Wreck、USS Scorpion、Cleopatra's Barge、Pride of Hawaii、Charles W Morgan, Indiana 、USS Tulip、USS Housatonic、CSS Neuse、CSS Alabama。 |
Sparrow-Hawk号:1626年に難破
最近、ケープコッド海事博物館(マサチューセッツ州ハイアニス)収蔵のSparrow-Hawk号を調査する機会がHayes博士に訪れました。同博物館の事務局長Janet Prestonが彼の研究を支援しました。Sparrow-Hawk号所有者の代理人、マサチューセッツ州プリマス町にあるピルグリム・ホール博物館のAnn Berry館長とStephen O'Neill副館長兼収蔵品責任者も彼らの調査に協力しました。Sparrow-Hawk号は1626年、英国からの移民を乗せてバージニア州ジェームスタウンへ向かう途中にプリマスの近海で座礁しました。Sparrow-Hawk号は1863年に発生した嵐の後に発見され、1865年にボストンコモン公園に展示されました。1
Sparrow-Hawk号の残骸、ケープコッドで発見された最古の難破船1
ハンドヘルド蛍光X線分析により、歴史的試料を現場で非破壊分析
Hayes博士は、この検査のためにハンドヘルド蛍光X線分析計DELTAを使用しました。ハンドヘルド蛍光X線分析は、高分解能・大面積シリコンドリフト検出器(SDD)を強力な4W
X線管と組み合わせることにより、多種多様な材料(金属、合金、土壌、堆積物、木材、木材処理法、流体など)を高速かつ正確に成分分析します。試験時間の短縮により、DELTAが1日に実施可能な試験の数は数百にも達します。これにより、現場で直ちに決定を下すことが可能となり、研究・探索予算の最適化に大きく寄与することができます。
蛍光X線分析計の使用により、隣接する他の部材との長期間の接触を通して遺物の木材中に吸収された成分が明らかになりました。鉄(Fe)はポストや留め金具に由来するものと考えられます。塩素(Cl)はおそらく海水に由来します。硫黄(S)とカルシウム(Ca)は木材に長期間付着していた海中生物の残渣に由来し、ケイ素(Si)は単純に砂から取り込んだものと考えられます。
難破船調査のためのハンドヘルド蛍光X線分析計による検査手順
測定の実施に先立ち、Hayes博士は難破船の調査対象物について綿密な検討を行います。まず、難破船の略図を作成して分析対象として興味のある部位をチェックし、被検査物に沿って巻き尺を当てて、正確な分析位置を割り出します。さらに、曲面を有する被検査体の測定中に DELTAが安定な姿勢を保てるようにするための足場を作り、板材を利用して分析計を保持します。
| 巻き尺で位置を測定 | 足場と、バランス調整用の板材 |
金属製のポストと留め金
長期間海中にあって腐食に曝されたSparrow-Hawk号から金属を回収できる可能性はほとんどありません。その中で、船尾で見つかった金属ポストと金属製留め具(舵を固定していた)は異なる成分組成を示しました。このポストはおそらく、同号がケープコッドからボストンコモン公園での展示のために移送(1860年代)された時点で差し込まれたものと考えられます。一方、留め金具は、同号が再びプリマスへ送り戻された時期(1890年頃)に取り付けられたものと思われます。
船尾ポスト | 留め金具試験中のDELTAカメラ | 舵取り付け部位の留め金具 |
オリンパス(米国)の学術助成プログラム
このアプリケーションノートは、2011年にRay
Hayes博士に授与された助成金に基づく研究を紹介したものです。同博士の研究は、現在および歴史的な造船材料の分析ばかりでなく、難破船試料の元素化学に新たな視点を与える海底堆積物や海水の分析にも及びます。同博士の難破船研究は、年代としては200年にまたがり、さらに密度と由来も多種多様です。同博士の研究は、全体としての知識ベースに新たな知見を加えるばかりでなく、Sparrow-Hawk号の航海についても光を当てる可能性があります。
2008年以来、オリンパス(米国)は学術助成プログラムを通して世界中の研究・探索プロジェクトをサポートしています。このプログラムの特徴は運用の柔軟性にあり、希望する分析計の貸与から、共同研究、資料発行、会議・ワークショップの開催支援にいたるまで非常に広い範囲をサポートします。
参考文献
1: Cape Cod's Oldest Shipwreck, The Desperate Crossing of the Sparrow-Hawk; Mark C. Wilkins; Copyright © 2011 by Mark C. Wilkins; published by The History Press; Charleston, SC 29403; www.historypress.net.